読書感想:『巨人たちの星』
いきなりですが、何ヶ月か前から仕事が新しくなったんです。
その新しい仕事と職場に慣れるべく奮闘したり、
愛犬のお世話したりしている間に(幸いにもここしばらくはもみじの調子が良く本当に助かった)、
日本では桜の蕾が綻び、
学生たちは卒業式を迎え、
社会人は年度末と戦い、
あっという間に桜はピークを過ぎつつあり、
学生も社会人も新年度を迎えていた。
という事実になんだかとてもびっくりしています。
つい最近SNSでいろんな方のお子さんの卒業式の話題を見かけたと思ってたら、今度は続々入学や進級の話題でいっぱい。(おめでとうございます!)
カナダでも会計年度(事業年度)末が3月というところは多いので、予算がどうのという話は出たりしますが、
カナダの学校は基本9月初めだし、私が住んでいる地域は桜の木もないし、
「私の知らぬところでいつの間にかそんな季節になっていたなんて」となんだかびっくりしました。
そんな3月に読んだ本は、
『巨人たちの星』 ジェイムズ・P・ホーガン作。
『星を継ぐもの』、『ガニメデの優しい巨人』に続く、「巨人たちの星シリーズ」第3作目。
なるべく決定的なネタバレは書かないようにしていますが、今回は3部作の最後ということもありいつもより若干ネタバレ率高めです。
シリーズを通してジャンルはハードSFなのですが、
『星を継ぐもの』は謎解き要素が多め、
『ガニメデの優しい巨人』はフィクション要素が強め、
そして今回の『巨人たちの星』はフィクション+政治的要素が強め、という感じでした。
アクション要素も今作が一番あったと思います。
登場人物や舞台となる場所も増え、そこで渦巻く陰謀が物語の一つの焦点となります。
ハントやダンチェッカーなどお馴染みのキャラクターはもちろん、
新たに準主役級のキャラクターがたくさん登場し、読み応え抜群。
科学者以外の主要人物が増えたことも話に厚みが増す要素となっており、
今作が3作の中で一番ヒューマンドラマが描かれていたと思います。
知的な女性の活躍も多くみられました。
『星を継ぐもの』の出版は70年代でしたが、『巨人たちの星』が出たのは80年代。
そんな時代の変化が女性キャラクターの扱われ方に現れているのかもしれません。
シリーズを通し一番の主役はハントだと思うのですが、
毎回ハント以上の活躍を見せるダンチェッカーの名場面ももちろんありました。
今作で印象的だったダンチェッカーのシーンの一つは、
科学の発達により老いることがなくなった世界について、「夢を描くことがなくなった」と嘆いたシーン。
寿命が著しく伸びたことが逆に知的生物のやる気を削ぎ動機を奪い、進歩や発展を妨げてしまった世界。
社会全体が老人のように退屈な時間だけを持て余すようになってしまった。
そんな世界の話を聞き、
「今当たり前だと思っていることは全て、誰かが突拍子もない夢を描いたところから始まっているのだからね」
とダンチェッカーが言うのです。
ダンチェッカーは科学や知識の前進・発展についてを主に言っているのだと思いますが、これは世の中の「理想」にも変換できる話だと思いました。
平和な世界
平等な世界
誰にとっても優しい世界
みんなが自分らしく生きそれぞれの幸せをつかめる世界
そういったものは、厳しい現実を生きていかなければならない多くの人から
「そんなのは理想論だ。御伽噺だ。実際に存在はしない。」
と言われてしまうものなのかもしれません。
それでも、誰かがその夢を抱き続けなければ、私たちは永遠にそこへ近づいていくことはできないですよね。
だから、理想を描くのは絶対に必要なことなのだと思います。
そしてそれを口にし行動に移すことも。
ダンチェッカーの言葉は、そんな私の考えを肯定してくれた気がして嬉しかったです。
そしてその夢を描くという行為は、時間が限られているからこそなし得ることなのだ、と。
私自身も不老不死には憧れたことがあまりないので、このくだりはとても興味深く感じました。
歳を重ねることを恐れたり、歳と共に変化する身体のことを嘆いたり、人生最期までなるべく元気に生活できたらと望んだりすることは、もちろん人並みにあるのです。
でも不老不死を望むのはまたちょっと違う。
今作には国連にお勤めの人物が多く登場しますが、アメリカ代表のペイシーと、ソヴィエト代表のソブロスキンの話もとても良かった。
国や所属する団体を取り払ってしまえば、目指しているものは同じというのはきっと往々にしてよくある話。
科学を使っての謎解きだけではなく、政治的陰謀や外交などの様子がたっぷり描かれた今作。
シリーズ一貫して、
「作者が願った未来と現実の落差」
を考えずにはいられませんでした。
物語は2030年前後を設定されているのですが、何度か
「地球(人類)は核戦争をギリギリのところで回避し、
今は国境や文化の壁を乗り越え平和を実現。
人類の目標は宇宙へ。」
というようなフレーズが登場するんです。
ところが、私たちの現実の2023年は、平和とは程遠い。
地球の破滅を警告する「終末時計」(Doomsday Clock)が「午前0時まで残り90秒」を指す世界に住んでいるのが現代の私たち。(この終末時計は原子力科学者会報の科学安保委員会によって設定されているそうです。コロナウィルス、ロシアのウクライナ侵攻、気候変動などの理由から2022年よりも10秒進んでしまいました。)
核戦争から遠のくのではなく、むしろどんどん近づいていっている今の世の中。
私たちはこのまま自滅に向かって突き進んでしまうのでしょうか。
それともギリギリのところで立ち止まれるのでしょうか。
そんな世界情勢についてはもちろんのこと、
仮想世界についても作中かなりフォーカスされていたのがまたすごいなと思いました。
『ガニメデの優しい巨人』に出てくるAIだったりスマートウォッチ的な機械もそうでしたが、
現代の科学者たちがこぞって取り組んでいるテクノロジーの構想が既に70年代〜80年代にここまで構築されていたとは。
最近VRやらメタバースやらがとても注目されていますが、科学者たちは今から10年後、20年後、はたまた50年後のテクノロジーがどうなっているのかある程度予想がついているんでしょう。すごいなぁ。
最後にちょっとネタバレ。
『星を継ぐもの』のプロローグに登場する、チャーリーとコリエル。
このコリエルは「巨人」とチャーリーの日記では呼ばれています。
コリエルはガニメアンなのか?!
なぜチャーリー(ルナリアン)が生きた時代にガニメアンが?
と思った読者の方も多いと思います。
その後『星を継ぐもの』の作中、
チャーリーたちルナリアンは卓越した力を持っていたり優れた能力を持った人のことを尊称として巨人と呼ぶ
ということが明かされます。
私は個人的にその後も、
「コリエルは結局、巨人の尊称で呼ばれたルナリアンなのか。それともあの記述はあえてミスリードさせるためのもので、実はやっぱりガニメアンでしたとなる展開なのかどうなのか」
が気になっていたんです。
それも今作で答えが出て、コリエルはガニメアンではなく大男なルナリアンということで間違いなさそうです。
というような感じで『星を継ぐもの』からの伏線を回収したり、『星を継ぐもの』で出た結論をひっくり返すような新事実が登場したりするのも面白かったです。
ダラダラと長く書いてしまいましたが、ここまで読んでくださりありがとうございます。
「巨人たちの星」シリーズは全部で5冊あるのですが、
『星を継ぐもの』『ガニメデの優しい巨人』『巨人たちの星』
で一応話は完結します。
ですので私もこのシリーズを読むのはここまで。今月からは新しいものを読んでいます。
『星を継ぐもの』がやはり一番新鮮味があったこともあり、シリーズの中で最もワクワクした1冊でした。
でも3作全部読まないと全貌がわからないので、『星を継ぐもの』を楽しんだ方にはぜひ3作とも読むことをおすすめしたいです。
『星を継ぐもの』の原題は『Inherit the Stars』。
最初なぜstarsと複数形なのか?と思ったのですが、その答えが徐々に見えてくるとちょっと感動しました。
ここまで興奮する作品に出会えたのは久しぶり。
本当に楽しかったし、読んで良かったと思える作品でした。
地球はミネルヴァの轍を踏んでしまうのか。
破滅の淵で踏み止まれるのか。
きっとこれからもこの作品を読んで感じたことは私の中に残り、ふとしたきっかけで取り出して眺めて考えることになりそうです。
また、新しい科学技術が登場するたびに、ガニメアンたちのことを思い出すかもしれません。
そんな作品に出会えるってものすごく幸せなことですよね。
Apr 3, 2023