ロストイントランスレーション... そして10年後

ロストイントランスレーション... そして10年後

まずは簡単な時系列から

先月(2018年1月)、カナダに引っ越して10年が経ったんです。年末あたりから、ここ10年のことを色々思い出していて。誰の役にも立たなそうな記事なのですが、自分の記録も兼ねて書いておこうと思います。

これからのお話をわかりやすくするため、簡単な自己紹介と時系列を少し書きますね。

まずは私、日本生まれの日本育ち。私の知る限りでは家族もみんな日本人で直近の家族は皆日本に住んでいます。

  • 2004年 留学生として初めてカナダへ

  • 2005年 日本へ帰国

  • 2008年 移民するため再びカナダへ (カナダの永住権はとりましたが国籍は日本です)

カナダ人の夫とは留学中の2004年にカナダで出会いました。私の日本帰国に伴いそこから3年間ほどは遠距離に。私が20歳の時、遠距離を終わらせて二人で暮らすべく、カナダへの片道切符を買いました。スーツケースに荷物を詰めて、大きなダンボールを4つほど国際便で送り、愛犬もみじを旅行用キャリーに入れ、いざ飛行機へ乗り込みました。


広大な海の中に

あなたには家族がいますか?昔からの古い友達は?学歴や技術訓練などの経験は?キャリアはありますか?ほっと安心する見慣れた風景はありますか?自分の国の言葉をスラスラと話せますか?

その全てがないところを想像してみてください。

見知らぬ土地で、家族も友人もおらず、キャリアはもちろんのこと、自分の学歴でさえあるものとされず、右も左もわからず、行き交う人々の言葉も理解できない。

海外へ引っ越すってそんな感じなんですよね。もちろん度合いは人によりけりですが。

私は急に広い海に落とされたような不安を感じていました。岸までは遠く、自分を安定させてくれる根もない。

留学生として一番最初にカナダを訪れたときは違ったんです。もっとドキドキやワクワクにあふれていて、アドベンチャーの幕開けのような気さえした。それが、移民としてこれからずっと住むとなると、ワクワクしてばかりもいられなくて、日本を離れる名残惜しさと不安の方が大きかった気がします。

もちろん、3年間の遠距離が終わることはとても嬉しかった。毎日夫(当時は彼)に会えることは何よりも嬉しく、それこそが3年間ずっと望んでいたことでした。

でも何も土台がない場所へ行くのはやはり怖かったですし、これから自分の人生をどうしていけばいいのか結構心配していました。

結果から言うと、やっぱりそれなりに大変な思いはしたと思います。きっと当時は焦っていたんでしょうね。私は内向的なタイプなので、人より新しい環境に慣れるには時間がかかると自覚するべきだったのかもしれません。

引っ越してから最初の3〜4年はなんだかずっと海の中にいるようでした。自分の上には重たい水があって海面まで浮上できないようなそんな感覚がありました。

2008年にカナダにやってきたとき、私は20歳でした。それもあって、日本でキャリアなどもなく社会的地位なんかも全然なかったのですが、それでもやはりカナダではできないことが多過ぎて凹みました。今まで普通にしていたことができなくなって、常識と思っていたことがこちらではそうでなくって、自分の英語力もきちんと考えが伝えられるまでに及ばなくて。そのことで子供扱いされているなと感じることもあったのが悔しかったり不甲斐なかったりして。

それで、どうせ浮上出来ていないのならば、と、最初の数年は自分と向き合い自身のの中へひたすら潜ってみることにしました。

(このブログを家族が読んでくれることもあって、、少し補足しておきたいのですが、この期間毎日毎日ずっと悲しく泣いて暮らしていたわけでは全くないです。楽しいことも面白いこともたっくさんありました。人生に少し迷ったからといって、楽しいことが見えなくなるわけじゃないんです。大変なことがあっても私の人生は恵まれていると自覚できる位、幸せなこともたくさんあります。)


再び海面へ

ごく最近このツイートを見かけたとき、すごく励ましてもらったような気がしました。あ、自分が潜ってた時期は間違いじゃなかったんだろうなって。

ひたすら潜っていた期間、私はたくさんのことを自問しました。何を幸せと感じるのか、何を恐れ心配しているのか、自分の人生をどう送っていきたいのか。。。このツイートの通り、何者でもない自分と目一杯向かい合った時期でした。

そんなことをしつつ、自分が苦手とする外へ向かっていくことにも少しずつ挑戦をしていきました。学校へ行ったり、パートの仕事を見つけたり、趣味のお稽古事へ出向いてみたり。誰もがしている普遍的なことなんですが、こちらへ来てからしばらくはそんな事さえとても難しく思えていつも緊張していました。でもその普遍的なことを少しずつやっていくことこそ、確実にこちらの生活にも慣れていくためには一番大事だった気がします。

もしこれを読んでいるどなたかが、当時の私と同じような思いをしているのなら、ほんの小さなことでいいから挑戦してみてほしいです。食料の買い出しに行くこと、趣味でヨガ教室なんかに行くこと、地域のボランティアに参加してみること、図書館へ通ってみること。何か大それたことや他人から見てすごいことをする必要なんてないんです。ただ毎日の生活を少しずつ積み重ねていけば、いつかきっと”私はここに住んでいるんだ”って思える日がやって来ます。

引っ越して来たばかりの私はとにかく焦って、人と比べて落ち込んだことも多かったんですよね。でも今なら、ただ時間が必要だったんだとわかります。たった数ヶ月や1年くらいでは足りない。こちらの生活に慣れていくためには、私にはもっともっと日常を積み重ねる時間が必要だったんです。


岸へ向かって

2003年だったか2004年だったか、その頃からフリーランスとして写真の仕事を始めました。手っ取り早く言ってしまえば、フリーランスのフォトグラファーとしてはあまり仕事が増えなかったんですが、それでも今まだ写真に関わる仕事が貰えているので、とても感謝しています。

このフリーランス時代、パッとしなかったとはいえ、仕事や自分のプロジェクトを通じてたくさんの人と出会うことができました。モデルさんがいる場合、フォトグラファーってたくさんポージング等の指示を出す必要があるので、見知らぬ人と話すことに関してはいくらか鍛えられたと思います。(今でもやっぱり苦手だけど。でも仕事だとやらなければならないのでなんとかできる。)

今は毛糸屋さんでソーシャルメディアと写真の仕事をさせてもらっています。会社がすっごくいいところで、上司や同僚も心から尊敬できるチーム。そんな会社の一員にして貰えたということは、私でも何か役に立てる部分が多少はあるんだろう、、と自信持てるきっかけになりました。

ひたすら潜っていた期間を終え浮上し、やっと岸へ向かって泳ぎ始めることができたような気がします。

 

日本へ帰国するといつも、なんだか寂しい気分になるんですよね。国籍は日本だし自分も根っからの日本人だと認識しているのに、やはり10年離れると色々知らないことやついていけないことが増えてくる。少しずつ連絡を取る人も減ってしまうし、もうここは私が住んでいる場所ではないんだなと。

かと言って、カナダが完全に自分のホームかといえばやはりそうでもなく。引っ越して来た頃と比べれば格段とこちらの生活には慣れたけれど、自分の故郷はやはり日本。

そんな感情の狭間で、一体自分はどこに属しているんだろうと思うことがあります。もしかしたらどこへも属していないのではないかという不安って結構心細いもの。でもそんな心細さとも最近折り合いをつけられるようになった気がします。私は、"海外に住む日本人"というコミュニティーの一員なんですよね。日本人であること、日本に育てられた自分の気質などは決して忘れないけれど、これからもずっとカナダの慣習を覚えるための努力もして行く。それが私なのです。

上杉周作さんという方のブログ記事(ゆるい世界の旅を終えて、30歳になりました)の中で、とてもはっとした一節がありました。上杉さんがポーランドを旅してらしたときに出会ったガイドさんとの会話です。(以下上杉さんのブログより引用)

ガイド: きみは、日本人かい?
ぼく: 日本生まれですが、国籍はアメリカ人です。たまに、自分が何人かわからなくなりますね。日本人としても中途半端だし、アメリカ人としても中途半端です。
ガイド: それは違うな。きみは日本人よりも良い日本人で、アメリカ人よりも良いアメリカ人だと思うよ。
ぼく: なぜですか?
ガイド: きみがふつうの日本人よりも日本人の悪いところを知り、ふつうのアメリカ人よりもアメリカ人の悪いところを知れる立場にいるからだよ。自分が属するグループの悪い部分に気づけるってことは、やっぱり大事なんだ。でないと、歴史は繰り返されるから。

(引用終わり)

私自身が普通の日本人やカナダ人よりも良いとは思いませんが、でもこのガイドさんの言葉はその通りだと思いました。海外に住む日本人、として日本とカナダ双方の良いところと悪いところを見れる目を養っていかなければ。


ようやくスタートライン

自分のことを悲劇のヒロインだとか、自分が人より大変な経験をしているだとかそういうことを書くつもりはないんです。基本的には、前述通り楽しいこといっぱいの有難い人生ですから。ただ、新しい環境と生活に慣れるという点においては人より多少試行錯誤が必要なタイプなのかもしれないです。

10年経った今、やっとスタートラインに立てているような気がしているんです。

海から浮上して岸に上がって、最初の一歩を歩き出そうとしているような、そんな感じ。

何もできず何もわからなかった子供のような自分が、紆余曲折して自分の年齢に追いつこうとしているのかも。(もっとも三十路の割に全く大人気ないような気がするのはまた別の問題。笑)

自分でもすごく時間がかかったと思うんです。でも仮初めの疎かな土台に建つ城はないじゃないですか。時間がかかっても土台をちゃんと作ることができれば、あとは上に向かって築き上げるだけ。

最近、とてもこれからのことが楽しみな自分に気がつきました。

ここまでやって来れたのは、私の力だけなんかではもちろんありません。周りの人たちの思いやりと愛情があってこそ。

こういうのってあまり日本の文化だと褒められないのかもしれませんが、はっきり書いちゃいますね。私の夫は本当に私には勿体無いほど、人間として尊敬できる人です。私に時間とスペースが必要な時は気長に待ってくれ、私が背中を押して欲しい時は励ましてくれ、落ち込んでいるときには慰めてくれて。でも一番有難いのは、私には日本に残してきたものや人がいることを決して忘れないでいてくれること。この10年の間、日本に帰りたい!と思ったことはもちろんあるんですよ。でも夫が夫でいてくれるおかげで、私は今もここにいて前を向いています。きっと夫にとっても簡単な10年間ではなかったはずなんですよね。忙しく仕事をして私のサポートもしてくれて。大変な10年間ではあったけど、私の今までの人生で間違いなく一番幸せな10年間でもあるのは、夫のおかげです。

私の日本の家族も、日本の家族にしかできない方法でとてもサポートしてくれています。頻繁に送ってくれる荷物もそのうちの一つ。海外に住む人にとって(日本国内でも実家から離れて暮らす人ならきっと同じはず)、日本からの荷物って何よりも嬉しいんですよね。私が帰国するのを楽しみに待っていてくれるし、毎日ラインでメッセージもしています。

カナダの家族にもお世話になっています。夫と付き合っている時から、家族として自然に迎え入れてくれ、カナダでも家族と呼べる存在がいて、ホリデーシーズンには一緒に祝える人たちがいるのってとても幸せなこと。

人見知りゆえ数はそれほど多くないですが、とても素敵な友人たちと出会うこともできました。日本に興味を持ってくれる友人たちは日本が恋しい私には有難い存在ですし、私がどこの出身でどんなアクセントのある英語で話そうと関係なく輪に入れいてくれる友人は、国境の隔たりなんて小さなことだと思わせてくれます。

カナダに住む日本人の友人はとっても貴重な存在。特に引っ越してすぐの頃は、自分より海外在住期間の長い日本人の友人に色々教えてもらい、たくさん助けてもらいました。同じような経験をしている人たちがいるって心強い。私も誰かにとってそんな存在になれたらいいなと思います。

そしてカナダ。あなたが私を受け入れてくれたおかげで、私と夫は今一緒に暮らすことができています。自然が美しくてあったかい人がたくさんいるこの国に住めることをとても嬉しく思っています。

 

私の旅はまだ始まったばかりだと、最近強く思うんです。やっとこれから色々始まるような気がして、ワクワクしています。

次の10年間に乾杯!

P.S. 10年間カナダに暮らし学校に行ったり仕事をしたりして、英語に関しても気がついたことはいくつかあるのですが、書いたらどなたかの役に立つかな?

 
2012年に撮ってもらった写真。撮影は Kristyn Harder Photography

2012年に撮ってもらった写真。撮影はKristyn Harder Photography

 

ハッピーバレンタイン!

Feb 14, 2018

Lost in translation... and 10 years later

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Robin Sweater

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